娘の新しい幼稚園

2018.06.20.11:49

私のやけど事件の影響を受けて娘はOvalleの幼稚園に移りました。
そして先日、その学校での保護者会に参加して先生から聞かされたのが娘の能力がかなり高いということ。

でもね、卑屈になっているわけではないんだけどたかが5歳児、数字を早く覚えてたって他の子供よりも何かが器用にできたって大人になったらそういった基本的なことなんて皆できてるからそれほど驚くことでもないと思ってるんですよ。
旦那はもう親バカというか、やっぱり娘は他の子よりもできるんだと有頂天。

確かに先生から渡された娘の評価はどれも最高評価ばかり。
何故か戸惑うんですよ。
もちろん、娘の評価がいいというのは普通に嬉しいんです、が、まだ5歳児だし。
Ovalleでトップクラスの幼稚園と言われている場所で先生が娘はかなりできる子だという。
逆に周りができてない、とかは考えたりしなくていいのでしょうか。

実はですね、ラ・セレナでは今の幼稚園のクラスより一つ下のクラス(年齢が)に娘はいたんです。
それを転園を機に、今のレベルに娘を入れてしまいました。
チリの前大統領のオバちゃんが教育に関して余計な混乱を起こしてくれたせいで娘は危うく人生の1年間を無駄に過ごすことになりそうだったんです。
日本って学年がきっちりと決まっていてこの学年は何年の何月生まれから何年の何月生まれってきっちり整備されています。
でもチリってそれがきっちりと整備されていなかったんです。
ざっくりとは同じ年齢なんだけど、区切りに対して1ヶ月、2ヶ月の違いなら上の学年に入ることもできた。
それがチリの前大統領のおばちゃんがきっちり整備しようとしたもんだから娘は被害をこうむった。
チリって落第はよくあるんだけど、飛び級はないんです。
だからスタート時点で人生の1年を無駄にするかどうかが決まる。

チリのいいところって、区切りは3月だけど5月生まれで2ヶ月しか違わないから上のクラスに入ってもいいよーっていういい意味でのいい加減なところなんです。
それをおばちゃんはつぶしちゃったからどうしようもない。

幼稚園にはプレキンダーとキンダーがあって前者が小さい子供のクラス。
ラ・セレナでは娘は仕方なくプレキンダー、先生とテストを受けさせてキンダーに入れるかどうか旦那が交渉していたところだったんです。
で、Ovalleの幼稚園には旦那が娘はキンダーです、と言ってごり押しでキンダーに入れました。
まぁ、その旦那の判断は正しかったと今では思っています。

トップクラスの幼稚園でキンダーに所属し、そこでほぼ全て最高評価、先生が娘が優秀だというのならプレキンダーに入れていたら娘は本当に1年を無駄にしていたかもしれなかったんです。

ちょっと不安なのは娘の精神状態。
普通に見えるんですが、やはり私が入院する前と後とでは幼稚園での様子が違っています。
以前の幼稚園では積極的に友達と元気に遊んでいたのですが、今の幼稚園ではどちらかというと大人と話をしたがり大人にくっついているとか。
抱きしめてもらったり、抱っこをしてもらったりそういったことを求めてることが多々あると先生にいわれてびっくり。
変わらず幼稚園は好きなのですが、どこか違う。

まぁ、息子の影響もあるとは思うのですがそれは以前の幼稚園でも同じだったこと。
そんなに優秀でもなくていいからはやく幼稚園になじんで友達と元気に遊ぶようになるといいのですが。

それでは
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沈黙の中唱えられた謎の呪文

2018.06.01.11:40

病院って入院したことがなかったから消灯時間もイマイチよくわかりませんでした。
入院患者は早寝早起き・・・みたいなことを勝手に想像していたんです。

ですが、想像とは完全に違っていました。
夜は夜中の12時くらいにやっと病室の電気が消えて朝は約5時半に起こされる・・・まとまった睡眠時間は約5時間半・・・。
寝不足気味で2度寝するということも何度もありました。

入院しているとですね、はっきりいってやることってないんですよ。
しかも多くの入院患者って何らかの問題が体にあるわけですからそうそう自由に動き回れるわけでもない。
で、自然と自分のベッドにはりつくことになる。
夕食の時間が大体夜の7時くらい、それ以降は歯を磨いたり寝る準備をしたって皆夜の9時には時間をもてあますことに。
でも病室の電気がこうこうとついてるし、夜の10時くらいに寝る前に摂取する薬があったりするから寝ようにも寝られない。

だから夜の9時以降って病室はかなり静か、でも皆一応起きていてスマホをいじってるかボーっとしているか、とにかく手持ち無沙汰な状況なんですよ。

そんな静まり返った病室である日おばあちゃんが呪文を発したんです。

もほ

もほほほって何?
って思ったんですが、他の同室の患者さん完全に無反応
なぜそのおばあちゃんが「もほほほ」なんて突然言ったのかもわからないし、さらに他の患者さんが全くの反応なしだったことも気になる。
私は沈黙の中唱えられたその謎の呪文「もほほほ」に関して考えてみたけど、どう考えたって意味のあるスペイン語に置き換えられるわけもない。
絶対に、「もほほほ」って言ってたし気になる。
それでも他の患者さんが完全に無反応だからどうしても
「何でもほほほなんて言ったんですか?」
なんて小心者の私は聞けない。

もうそれからは就寝時間の12時くらいまで「もほほほ」という呪文が頭の中でずーっと鳴り響いてる。

その呪文に耐えられず、日本にいる妹にメッセージを送ってみる。
同室のおばあちゃんが「もほほほ」って言ったんだけど・・・、と。

地球の裏側にいる妹からは平和だねー、なんてコメントしか戻ってこない。

おばあちゃんが「もほほほ」と言った瞬間になぜそんな呪文を唱えたか聞けなかったもんだからいまだにその「もほほほ」の意味はわからない。

おばあちゃん、何で「もほほほ」って言ったんだろう、って今でもたまに思い出します。

それでは

入院中に目頭が熱くなったお話

2018.05.31.09:34

やけどで入院という大事件

とりあえず、やけどしたその日に私がやけどしたという事実を知っていたのは近所の人一人だけ。
なぜかというと、幼稚園から戻ってくる娘をバスから引き取るようにお願いしたから。
その1週間後くらいに別の近所のおばあちゃんがウチの家のフェンスのドアが開いていてニワトリが脱走しているのを発見。
で、ウチに知らせにやってくると旦那が娘と息子の面倒をみていて私がやけどをしたということを知る。
家事と子育てに慣れていない旦那は子供の面倒を見ながら買い物もして、ご飯を作って娘を時間通りに幼稚園に送り出すということができずあわてている。

その日から近所のおばあちゃんはわざわざ旦那と娘のためにお昼ご飯を持って来てくれていました。
そして病院にもお見舞いにやってきてくれて、どうして早く言ってくれないの、とちょっと怒り気味。

本当にその気持ちだけでありがたいです。

で、必要な物はない?としきりに聞いてくる。
そのときには特になかったのでないといったんですが、何か言わないと帰らないくらいの勢いで迫ってくる。
なので、ミネラルウォーターとリクエストしておきました。

その数日後、別のご近所さんが突然病院にお見舞いにやってきました。
何で早く知らせてくれなかったの!!!と彼女もまた怒っている。
いや、ご迷惑をおかけするかと・・・・・・というと
隣人同士は助け合うのが普通なんだから迷惑とか考えずに何でも言ってきなさい、といわれました。
お知らせしなかったことで逆に怒られるという不思議な状態。
彼女もまた何か必要な物はないかと聞いてくる。
ミネラルウォーターは別のご近所さんにお願いしたし・・・・・・
は・・・ハンドクリームかな・・・
言うや否や彼女のカバンの中からクリームがでてくる。
これ使いなさい、といって置いていってくれました。

その数日後にご近所さんやってきて、2人とも私がリクエストしていないものまで持って来てくれました。
乾燥しているので全身に使えるボディクリーム、水、バスタオル、靴下、りんごにバナナ・・・
その上、洗濯物まで引き取って洗って持って来てくれました。

ウチの旦那は仕事に戻らなければならなかったので1週間に1度しか病院に来られない。
で、かわりにご近所さんが私の面倒を見てくれました。
家族よりも親切で面倒見のいいご近所さんです。

やっぱりこういう経験をすると今度ご近所さんに何かあったときには私ができることは何でもしようという気持ちになります。
私がラ・セレナの家が本当に好きなのはこういう優しいご近所さんのおかげでもあります。
だからこそ旦那がオバジェに仕事のために長期滞在して週末だけラ・セレナに帰ってくるという生活をしていてもオバジェには引っ越したくなかったんです。
でもそうも言っていられません。

実は今回、私のやけど事件で旦那は約2週間仕事を休み子供の面倒を見ていました。
会社の社長さんはその間、旦那に心配しなくても旦那をクビにすることはないし、たとえ1ヶ月仕事を離れることになってもポジションはそのままで待っているつもりだといってくれたそうです。
ただ、私としても正直、旦那の仕事に穴をあけるのもどうかと思ったんで旦那に仕事に戻ってもらいました。

旦那は2週間仕事をしていなかったのですが、その間の給料も天引きすることなく払ってくれるというすばらしい社長さん。
普段、会社の経費に関してはかなり厳しく節約をする社長さんだということを知っていました。
その方が旦那の給料を休んだ2週間分も支払うということがどういうことかと考えると私もラ・セレナに居座るとは言えません。

その上、娘の幼稚園どうしようかと悩んでいたところ、社長さんのごり押しでオバジェでも評判の高い幼稚園に娘をねじ込むことができました。
その幼稚園、小学校も一緒になっているので今後娘の学校探しをしなくてもいいんです。
最初学校からはクラスに空きがないからウェイティングリストのトップに娘の名前を入れることはできるけど、今週からクラスに入れることはできないといわれたんです。
ところがその学校の経営者の1人が社長の奥さんの妹、何と社長の奥さんの力で娘はクラスにもぐりこむことに成功。

義理と人情ではないですが、ここまでしてもらって私がオバジェに住みたくないとは言えません。

その上、旦那の仕事での知り合いが私のことなんて知らないのに心配して5万ペソを旦那に渡すなんてことも。
もちろん、旦那が普段から責任を持ってきっちりと仕事をしているからだということでもあります。
それでもやはり今回の私のやけどで多くの人がいろんな面から助けてくれたことを考えると本当に感謝してもしきれません。

あ、ちなみに旦那の職場では社長を除けば旦那がトップ、で旦那の後にポジション的にはナンバー2とナンバー3がいる。
あとは労働者って感じらしい。
旦那が職場に戻ったときにそのナンバー2とナンバー3が旦那がいない間の仕事の重圧に押しつぶされ半泣き状態だったそうです。

私はですね、今、やけどの傷は回復してきているんですがいまだに重たいものを持ったりすると移植した皮膚の部分がひきつるような感じでやはり本調子ではないんですね。
だから娘の面倒はみれるんですが、息子の面倒はかなり厳しい。
だってウチの息子、7ヶ月で約10キロ近くありますから。
まず抱っこが厳しい。

で、さらに社長さんが旦那に言う。
だれもウチの息子の面倒を見られないなら職場に連れてきていいよ、と。
父親の子連れ出勤!!!

ここまで言われては仕方ありません。
ってことで近々、私、オバジェに引っ越します。

それでは

痛みの表現方法と個人差、我慢しないチリ人

2018.05.30.11:48

痛みって多分人によって感じ方が違うと強く思ったのがチリの公立病院での患者の態度。

本当に多くの患者がいるから当然患者の性格も年齢も全く違う。
患者もポジティブなオーラを発している患者もいればものすごくネガティブなオーラを発していて近寄りたくないタイプの人もいる。
入院中に一番嫌な隣人だと思ってしまったのがこのネガティブ患者。

ネガティブLと名づけます。
彼女の何が気に入らなかったかって、ネガティブでその上私に対してだけ上から目線であれやれ、これやれ、と命令してくる。
つーか、私、病人なんですけどって何度も言いそうになったよ。
だから通常同じ病室の人なら助けられることは助けていたんだけど彼女に対しては私もあまり助けようとはしなかった。
はっきり言ってね、彼女の痛みなんて私のやけどの痛みに比べたら何ともないと思うよ。

病院でスタッフの人に痛みがあるといったら
痛みを数字で表現すると1が最小で10が最大、どのくらいですか?
と聞かれます。

多くの患者さんの答えって大体5とか6とか。
手術後でぐったりしていて痛みを8と表現した人もいたけどそれまで痛みが10って表現した患者さんに遭遇したことはなかったんです。

それがある日私のベッドの隣にやってきたネガティブLさん、ずーーーーーーっとイタイイタイと言ってる。
皆何らかの痛みがあったって病室に他にも患者がいるからそんな彼女みたいに私は痛みを感じてるんだからみんな私をいたわってよ、みたいな人はほとんどいませんでした。
看護師さんはあまりにネガティブLさんが痛いというのでお決まりの質問。
1から10の数字で表現するとどのくらい痛い?
ネガティブLさん、
じゅ・・・・・・10!!!!!

で、でたーーーーー!!!痛みMAX!!!

その答えに看護師さん顔を上げて彼女に問いただす。

あなた、10って相当な痛みよ、あなたは今あまりの痛さに死にかけてるの?

ネガティブLさん、そのつっこみにたじたじし

あー・・・・・・でも今はは・・・8くらいかなー。

でも、すごく痛いんです、と主張する。
で、その直後に彼女は言い放つ。

あと、お腹すいた。

看護師さん

黙殺

本当に痛みで苦しんでるときってはっきり言って食欲なんて感じないって。

私がやけどした日、お昼ご飯食べた後から何も食べずにその日は終わったけど痛みで食べることなんて全く考える余裕なかったよ。
出産するときだって陣痛がきてるときにお腹すいたーなんて全く考える余裕なかったよ。
それが死ぬほど痛みを感じてるはずのネガティブLさんは腹がへったとのたもうた。
かなり失礼ではありましたが、彼女の隣のベッドで毛布を頭からかぶって私は必死に声を漏らさないように笑いをこらえてました。

だから思ったんです。
彼女の痛みはそれほどの痛みじゃないって。
彼女、我慢することを覚えずに育ったチリ人なんだろうなって。

で、また彼女はベッドの上でイタイイタイと繰り返す。
しばらくして私のほうを見て何か言い出したネガティブLさん。
最初よく聞こえなかったんでほうっておいた。
するとでかい声で私に話しかけてきた。

私のスマホ充電してくれる?

は???

いやいや、痛みで死にそうだったらスマホの充電なんてどうでもいいでしょう?
本当に痛かったらとりあえず誰かから連絡きたとしても答えるのさえ億劫だって。
確信しましたよ、彼女はタダ単に痛みに弱いだけでたいした痛みを感じてるわけじゃないってことを。
たいしたことでもないのに大騒ぎするタイプ。

ここでチリ人をフォローしておくと、他のチリ人は彼女ほど忍耐力がかけているわけではありません。
他の患者さんは痛くても彼女みたいに病室の他の患者に迷惑かけるほどイタイイタイ言ってません。

で、まぁ、ネガティブLさん、次の日に手術。
術後に病室に戻ってきてもイタイイタイ言ってる。
で、看護師さんがやってくるとお決まりの痛み申告タイム。

どのくらい?



あと、お腹すいた。

黙殺


その数時間後に食事の時間、彼女はまだ食べられません。
その上、手術の麻酔の影響か彼女は吐きました。
当然、そんな状態じゃ何も食べられないよね。
でもゼリーだけは許されたみたいで食事を持ってくるスタッフの人が彼女のテーブルに置いていった。

皆が食事している隣で彼女はゲーゲーと吐く。
こっちの食欲も失せていく。

彼女は私に何か話しかけてくる。

トイレットペーパーちょうだい。

そんなの自分のカバンから出せばいいじゃん。
とは思うけど、吐いたものが口の周りについている人が自分の隣のベッドにいるのもかなり嫌。
とりあえず、口をぬぐうものを渡して自分のベッドに戻ろうとすると彼女はさらに私に要求してくる。

そこのゼリーちょうだい。

あんた、今、吐いただろ!!ゼリー食うんか????
とは思ったけど言いませんでした。
何も言わずにゼリーを彼女に渡してベッドに戻る。

チラッと彼女を確認すると2,3分前に吐いていた彼女がゼリーを口に運んでいる。

その数分後、ネガティブLさんまた吐く。

勘弁してくれ。

吐いた直後にゼリーを口に運ぶ彼女が信じられん。

吐いてしばらくすると彼女またゼリーを口に運ぶ。
学習能力がないのでしょうか。

で、また吐く。

とりあえず、ゼリー食べて吐くを2回繰り返して彼女は学んだようです。
それ以降はゼリーを食べませんでした。

なぜ彼女が吐き気を感じても何か食べたいと思ったのか理解できません。
私は手術後麻酔の影響で吐き気を感じているときには何か食べたい飲みたいとは思えませんでした。

痛いと思ったらとにかく痛いと主張する彼女は素直と言えば素直ですが、彼女に関しては我慢することを身につけたほうが良いような気がします。
まぁ、彼女は3日くらいで退院したので私の入院生活は平和になりましたが。
本当に色んな人がいるもんです。

それでは

チリでまさかの時間前行動

2018.05.29.11:09

チリの公立病院ネタまだまだ続きます。

やけどを負い、救急車で病院に運び込まれたのが木曜日の夕方、看護師さんに死んだ皮膚を除去してもらい救急部門で一夜を明かす。
その後別の場所へ移動し、さらにその数時間後に入院部門へ移動。
それが金曜の午後。
土曜日・日曜日・祝日は通常医者は働いていません。
もちろん、救急部門には常駐していますが各々の専門の手術をする医者は特別なことがない限り金曜の午後から日曜日まで手術することはほとんどない。
で、月曜日の朝5時半くらいに起こされ朝8時くらいに医者がぞろぞろとやってきて患者をチェックしていく。

8時半くらいに見たことのない医者が私の前に突然姿を現しました。
やけどの部分から出てくる液体でどろどろになって悪臭を放つ包帯を看護師さんが私の上半身から取り除いていく。
それも簡単な作業じゃないわけですよ。
だって液体が固まったりして包帯に張り付いているからはがそうもんなら激痛。
何とか痛みを感じさせないように液体をかけて少しずつ包帯を取り除いた看護師さん、大変だったと思います。

ただれた私の上半身をチェックした瞬間医者は怒り出す。
誰だこの患者を受け入れた医者は!!!

とりあえず、何で怒っているかははっきりとはわからなかったけど医者の処置の仕方に問題があったことは確かです。
明日手術するから
と言って部屋を出て行きました。

まずね、手術とか言われて目が点になったよね。
だって入院は3日か4日とかいわれてたし。
月曜日ですでに入院5日目、明日手術ってことは退院は早くてもあさって。
今までの人生で1度も入院したことも手術したこともない私が手術ってさ、実感がわいてこない。
実感わかなくても手術の日はやってくるわけで。

手術は次の日の朝10時、朝の5時からは食事も水分も摂取しないでくださいといわれ、手術のときに着る服とハイソックスのようなものを渡されました。
手術前にこの液体で体をよく洗ってね、と言われとりあえず洗える部分だけ洗う。
チリの手術着は後ろが空いていて紐で服をとめるようになってる。
しかも手術の時には下着もつけないことになってるから薄布一枚、と白いハイソックス、歩くと動き方によってはお尻が見え隠れするかなり変な格好で手術の準備が完了になります。

ここは南米です。
入院は3日か4日と言われたけれどもすでに入院6日目、手術が朝10時と言われたって時間通りに手術になるわけがない。
まぁ、よくて朝の10時に手術室へいくためのお迎えが来ると思っていました。
でも病院ってすることないし朝の5時半には強制的に起こされるのでのらりくらりと準備しても朝の9時頃には準備完了。
とりあえず、もう一回トイレに行っておこうと思いトイレに行って戻ってきたのが朝の9時半。
のんびりと歩きながら自分のベッドに戻ると、手術室へ行くためのお迎えがやってきた。
9時半ですよ!!!
南米のチリでまさかの30分前行動!!
時間きっかりにきても十分驚くのにまさかの日本人並みの時間前行動。
こればっかりは本当に驚きました。

でもまぁ、手術室前に連れて行かれて10分くらい廊下に放置されていたんですがね。
チリって好きですねー、放置プレイ。

ほぼ時間通りに手術室に入り、麻酔。

おやすみー。

で、起きたら手術は終わってました。

手術後はしばらく麻酔の影響で吐き気があり、別室で麻酔がきちんとぬけるのを待つ。
とりあえず、手術も終わったし術後の経過がよければ退院もすぐだろうとウキウキしながら病室へ戻される。
ただその夜はほとんど熟睡ができませんでした。
だって手術した部分がなぜか火がついたように熱かったからです。
でも終わったー!と思って数日後には退院する自分を想像したりする。
次の日に手術をしてくれた医者が朝の9時頃に様子を見にやってきた。
で、こんなことを言う。

次の手術は来週の木曜日だから

ん????
退院を期待していた私は頭が真っ白になって固まる。
すると彼は私がスペイン語を理解していなかったのかと思って英語で丁寧に教えてくれましたよ。

次の手術で皮の移植をしなきゃなんないから。
太ももから皮を採取して腕と胸に移植するねー。

よくよく見ると術後の皮膚、胸3箇所、腕1箇所、皮がなくて肉が見えてるみたいな状態の部分がある。
範囲が広すぎるから自然に皮膚が再生されるのを待つなんて無理なんだろうなぁ、とは思いましたがね。
あっさりと2回目の手術を言い渡されるとびっくり通り越して固まりますよ。

とりあえず、動くのにも一苦労な状態ではあったのに1回の手術で退院できると思い込んでいた私はショックでしたよ。
看護師さんはたいしたことないよーって感じで言ってくるんだけどね。
皮膚の移植ってたいしたことだよ。
まぁ、これは大変な手術よ、あなた重症患者だわ、なんて言われたらそれはそれで落ち込みますが。


それでは
プロフィール

victoria0501

Author:victoria0501
大学卒業後、3年会社勤め。その生活に嫌気がさし1年のつもりでオーストラリアへ現実逃避の旅に。そのままオーストラリア、ニュージーランドをフラフラし現在の旦那と出会う。妊娠が発覚し、2013年2月にチリへ移住。

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